隠り恋ふ

少女漫画や舞台のレポ、SSなど。

【ポーSS】春の骨


 春が来たら、骨になりたい。

 いつもよりずっと、甘え縋るような声でそう告げられる。


「冗談はおよし、アラン」

「冗談ってのは、どちらの意味だい? エドガー」

「……どちらの意味、って?」


 同胞の問いかけの意図をつかみあぐねて、エドガーはベッド上でうずくまっているアランをじっと見据える。ここは行きずりの古宿。命の終焉について語らうには、いかにも陳腐でおろかな舞台だ。


「きみがいやがっているのは、ぼくがぼくの命の終わりについて語ること? それとも、ぼくらは骨には変われないのだというのを思い出させること?」

「……なにを云っているの」

「ぼく、わかっているんだよ。ぼくらの身体はきっと残らない。命が尽きるとともにすべてが消えてしまうんだって」

「……アラン」


 ーーもうおよしよ、健気なアラン。

 ぼくもきみも、もとはふつうの人間だった。骨、血、肉、細胞。それらのすべては、ぼくらの生と連動しつつも、魂とはちがう場所に存在している器であった。この意識が途切れたとして、それだけはこの世に置いてゆけるはずだった。

 しかし、いまのぼくらはちがう。

 魂と器が縫いつけられて、離れることができなくなっている。魂の消滅と同時に、この身体も砂のように崩れ、時空の彼方へと流れ消えてしまうのだと、知っている。


「でもきみは、なぜ骨になりたいんだい。そして、それはなぜ春なの?」

「ぼくのからだのなかにあるものが、死の時になってようやく空気にさらされるのって素敵じゃない。ぼくはその骨といっしょに生きていたんだって、そんな証明がそこで成り立つんだ」


 そして、春はなにもかもが生まれる季節だからだよ、とアランは語った。


「……きみが骨で形づくられている証明なら、ここでぼくがしてみせるさ」

「むりだよ、そんなの」

「……できるよ、ほら」


 エドガーはアランが佇むベッドにのりあげると、手首のうすい皮膚を彼の唇へと近づける。


「お飲みよ、アラン。きみはつかれているだけだよ」


 アランの青白い頬が、すこしの逡巡ののちにほころんでしまうと、次の瞬間には新鮮な血液の匂いが薄汚れた部屋にたちこめた。


「……どうだい。ぼくの血が、きみのからだをゆっくりとめぐる。そうしてぼくはこれから、きみの骨と骨を、階段のように駆けてゆくんだよ」

「……きみがぼくの? そんなわけないよ」

「きみがそうだと思えばそうなるんだよ。ぼくらは血を分けた同胞なんだから」


 そうしてこの血がきみの血のせせらぎと交ざりあい、きみの春を待ちわびる心、そのものへと変わるのだ。


「アラン。ぼくらはいつでもおたがいの骨になれるんだ。これからもずっと、ふたりでいればね」


 そうして春に限らず、どんな季節にも、好きなように飛んでゆける。

 きみの身体と魂の共鳴は、そのための癒着なのだから。


 




(タイトルは同作者の別作品からお借りしました)