隠り恋ふ

少女漫画や舞台のレポ、SSなど。

【はみSS】カコの中、カコイの中



 家具とねぐら、それから、鳥さんとレディ・ローズ。

 それらを失くしたぼくらは、新たな日々を目指して出立した。


 そしてぼくらはもうだれも、鳥さんとレディ・ローズの事を口にはしなくなった。ぼくら四人、全員の胸のうちで真新しく共有されながらも、けっしてぼくらの間で溶け出すことのなくなった記憶。いつか見たあの七面鳥のように、氷づけになってしまったような記憶。

 ある日、その氷塊を溶かす熱源となったのは、アンジーの言葉だった。


「ねぇ、グレアム。人間の記憶ってのも、まるで動物園みたいだと思わない?」


 ーー動物園。それはマックスが、人が大勢住むアパートのことを形容したのと同じ言葉。この世は人間の動物園と、人間のジャングルみたいたって。ぼくらの胸のうちにある記憶たちもまた、そんな風なのだとアンジーは言う。得体の知れない見世物たちは、よそよそしくて、そらぞらしくて、おそろしくて。でもそこにはたしかに、血肉というものが存在している。


 いつだか、雨で体の火照りを冷ますことが好きだ、と言ったクールなアンジーは、思いのほかぼくよりも熱っぽい発想をすることがある。記憶を氷にたとえたぼくなどより、ずっと。


「それじゃあアンジー、たとえばレディ・ローズなんかも、きみの記憶の檻の中にいるの?」

「……レディ・ローズは檻の中になんかいないよ」


 それは、先ほど聴いたアンジーの思想と矛盾した言葉。


「だってグレアム。ボクたちが檻の中にいるヤツに拾われてたんだとしたら、ボクたちは一体なんなのサ?」

「ああ、うんとみじめだね」

「そうだろ?」


 ぼくたちに『人間の動物園』というものを思わしめたのは、レディ・ローズという人物に拾われたことがキッカケだ。なのにどうして、そのアパートの住人であった彼女は、その檻に似つかわしくないのだろう。他人に見られることにおびえていたレディ・ローズ。強気な見た目によらず、ぼくにそれを正直に打ち明けてくれた、優しい女性。


 彼女を檻の中の動物にしたくないのなら、なぜアンジーは、ぼくに『記憶の動物園』などという言葉を投げたのだろう。


 ーーその答えは、きっとカンタン。


 意外にもアンジーは、ぼくたちの中でいちばん、レディ・ローズの優しさを忘れたくなかったのじゃないだろうか。

 ぼくに胸のうちを見せてくれたアンジーは、そこに並ぶ檻たちを見せたかったんじゃない。

 なにかを檻から解放するそのさまを、ぼくに見せてくれたんじゃないかって。


「……そう言ってきみは、レディ・ローズのことを檻で囲いたくないだけなんだろう。優しいね、アンジー」

「……ボクが優しいんじゃないよ。レディ・ローズがボクらに優しかった。……それだけのことサ」


 ぼくがもし動物園の中の存在だったら。きっとだれの見世物になろうとも泳ぎ続けてしまう、水棲生物になるのだろう。

 ぼくもアンジーとおなじで、冷たい水がわりと好きな生き物だから。