【11人SS】山へ行きたい
【タダトス×フロルで、本編終了後の設定です。】
次に降り立つ惑星では、山に登りたい。
そんなことばを聴いたぼくは、おもわずクラリと来て、手元の操縦パネルに突っ伏しそうになってしまった。
「なんだよタダ! そんなにびっくりすることないじゃんか!」
「だってきみ、登山だなんてずいぶん原始的なことだと思ってさ! きみの故郷には山岳信仰の風習があったのかい、フロル?」
からかうつもりも、否定する気持ちもなかったのだけど。そこまで口にしてしまってから、ぼくは自分の発言を恥じた。せめて、フロルの願いの意図を最後まで聴いてからことばを発すれば良かったと。
案の定、フロルは眉を寄せて不服そうな顔をしている。こうなったら長い闘いになるということを、 ぼくが一番知っているというのに、なぜこんな顔をさせてしまったのだろう。
「オレの意見が原始的だって!? シツレーなヤツ! 信仰なんかなくたって、きょうびどこの惑星も文明社会ったって、いまでもそびえ立つ山を残したままの星はいくらだってあるだろ? それを夢見てなにが悪い!?」
「ごめんフロル、そういうつもりじゃなかったんだってば。ただ、きみがなぜ突然そんな願望を持ったのかなって。ぼくが感じたのはそれだけさ」
「タダ、ちゃんと前見て操縦しないと危ないぞ」
「……それ、きみが言うセリフかい」
フロルと共に無数の星の中を航海するようになって、もうずいぶん時が経つ。
フロルの突飛な思いつきには慣れているつもりだったけど、その思想の核はまだまだヴェールに守れているようで、ぼくがそこへとたどり着くにはもう少し時間がかかりそうだ。
「なあ、タダ」
「なに? フロル」
「オレはもう、ヘンペイ胸じゃなくなったんだぞ」
「……はい?」
話題が飛躍しすぎていて、さすがのぼくでも返答に詰まってしまう。
「……だから、オレの身体が女性に変化したってこと、タダもよく知ってるだろ」
「……うん」
やがて来る日だとわかっていた。ぼくもフロルも、あの白号での試験に合格したその日から、その"変化"が起こる日を夢に見ていた。
実際、女性に変化したあとのフロルは、恥じらいながらもぼくにこう伝えてくれたのだ。
「幸福だ」、と。
そのことばを、ぼくはうたがったりしない。
ただひとつだけ気がかりなのは、女性になってからのフロルは、以前より"回帰的"な発言がふえたということ。
山に登りたいという原始的な考えも、やはりこの変化に結びついているのだろうか?
「……オレはね、タダ。新しくなったこの身体で、たくさん歩きたい。タダと過ごす宇宙も大好きだけど、たまにはこの足で大地を踏みしめたい。そうして、もしかなうことなら、下から見上げたときに腰が抜けるほど高いような山を、ふもとからてっぺんまで、新しいこの足で登ってみたいと思ってるんだ」
「ーーフロル」
「ま、それってオレなりの"ミソギ"みたいなもんだよ! オレ、まだ心まではおとなしい女の子になれないから、こんな体育会系の手段になっちゃうけどな!」
「……ううん、すばらしいと思うよ。さっきはおどろいたりして悪かった」
ーーああ。
ぼくも原始に帰らなくては。
山より高い、"彼女"のこころざしを受け止めるために。
「きみが山に登るときは、もちろんぼくもつきあうよ」
「ホント? タダ!」
「ああ。たまには宇宙とはちがう刺激も味わっておかないとね」
なんたってぼくは、"死ぬまで男"っていう退屈な人生だからね。
きみとはちがうベクトルで、きみとおなじように、この原始的な身体が大切なんだ。